「ロスト・イン・トランスレーション」「SOMEWHERE」「マリー・アントワネット」のソフィア・コッポラ監督による、米ロサンゼルス・ハリウッドで発生したティーンエイジャーによる窃盗事件という実話を元にした、オリジナル脚本の青春ドラマです。
お馴染みのハイトーンの明るすぎるくらいの明瞭な質感の風合いの映像と、その場の雰囲気を体現するような空気感のあるカメラワークで、欲望のままに犯罪に手を染めていく少女たちの姿を描き出していきます。
目次
あらすじ
ハリウッドセレブが邸宅を構える高級住宅街カラバサス。セレブたちの華やかな生活にあこがれる少女ニッキーら5人組は、いたずら半分にセレブの豪邸をインターネットで調べ、空き巣を繰り返してブランド物を次々と盗み出していく。出来心ではじめた冒険だったが、やがて5人は後戻りのできないところまで足を踏み入れてしまう。
引用:映画.com
キャスト・スタッフ紹介
- 制作国:アメリカ・フランス・イギリス・日本・ドイツ合作
- 公開年:2013年
- 上映時間:90分
- 監督:ソフィア・コッポラ
- キャスト:エマ・ワトソン、レスリー・マン、タイッサ・ファーミガ、クレア・ジュリアン、イズラエル・ブルサール
明るすぎるくらいが丁度いい
ソフィア・コッポラといえば明るすぎるくらいのハイトーンの映像です。このハイトーンが目の前に広がった瞬間に、これぞソフィア・コッポラの映画だ!と毎回思います。
それはどの作品にも健在でこの『ブリングリング』でも、眩しいくらいの明るすぎる質感はバッチリ健在です。
そして、この明るさが作り出す空気感と、これまたお馴染みの手ぶれ感のあるカメラワークとが混じり合い、インディー感のあるワクワク感を作り上げています。
そこにしかないオリジナリティ
ソフィア・コッポラの描く脚本にはどこまでも響くオリジナリティを感じずにはいられません。
これもまたどの作品にも通ずる魅力で、その物語がここのしかないどこかを作り出す原動力となって、いつかの風景や今ここにある瞬間をはっきりと映し出します。
それはいつだって恥ずかしげもないありのままを写し取って、いつかのポートレートのように正直な有様をそこに描き出します。
さらに、ソフィア・コッポラの作品のすごいところは、オリジナリティのある題材を用いながらも、その題材そのものや内容や物語を抜き取ってしまっても楽しむことができる構造です。
それは映像や音楽や脚本や衣装に至るまで、全てが抜かりないレイヤーを形成していて、それら1つ1つだけでも楽しむことができるほど上質に作り込まれているともいうべきでしょうか。
いつだってキラキラしていたい
ティーンはいつだってキラキラしたものに憧れます。
その不自由さを犠牲にして破滅的衝動に走ってしまうぐらい過激な青すぎる春と言えます。
しかし、その青すぎる青春の中で今ここにある季節を求めて、名声や有名や金銭的な欲望への憧れに身を任せてしまうことは罪なのでしょうか?
それは人それぞれ個人差はあれど、10代特有の通過儀礼なのではないのかと受け取ることもできます。
駆り立てる衝動の風景
この映画の登場人物たちは、有名人やセレブと言われる人たちの豪邸に忍び込み、クローゼットを漁ります。それはまるで高級ブティックで買い物するように、セレブたちが買い集めた有名ブランドのバッグやアクセサリー、ドレスなどを物色し気に入ったものを持ち去っていきます。
そしてそれらを身につけて得られる、充実感や優越感に浸りまくります。
とある邸宅に忍び込んだ際のシーンでは、遠くから俯瞰した定点カメラのような視点から長回しで撮影し、彼らが軽快に盗みを働く様をまるで他人事のように映し出します。
それらの行為は犯罪で決して許されることではありませんが、そういった描き方が観るものの罪悪感を和らげ、その風景がまるで異次元の出来事の様に感じられる作りになっている気がします。
物欲と無知は比例する?
しかし、どこまでいっても途切れることない物欲に身を任せてしまうのは、ちょっとおバカな行為と言えるのではないでしょうか?
物質というのは結局は尺度でしかないからです。つまり物質は長さや深さそのものではなく、それを測る単位でしかないのです。
喜びは喜びを感じることが実感であり実態ですが、喜びを感じる行為に勤しんでしまうということは、定規で幸せの長さを測って喜んでるに過ぎないのではないでしょうか?
そして、そういった行為に夢中になるということはまさに無知がもたらす、とても無意味な行為なのかもしれません。
若さが欲しがるもの
この映画の登場人物たちもまさに、若さゆえの無知から次々と名声や有名や短絡的なかっこよさや美しさに魅せられ、物欲にまみれた犯罪に手を染めていきます。
それはルブタンの靴やシャネルのバックそのものが欲しいわけではなく、それらを身につけて街を颯爽と歩いている自分が欲しいのです。
そうすることで自分自身が満たされた気になり、充実した人生を送った気になってしまうという、とても虚無的で相対的な欲望です。
欲望の果て
大人ならばどこかで歯止めが効くものかもしれませんが、彼らはまだ10代ですからそうはいきません。
どこまでもそういった欲望には忠実です。そしてどんどん歯止めは効かなくなり、後戻りできない領域まで踏み込んでいってしまいます。
それはその場しのぎのエンターテイメントのようにあっけらかんとした、付け焼き刃の欲望を誘います。
果たして彼女、彼らはその先に何を見るのでしょうか?
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絶妙なサントラ
ソフィア・コッポラの映画といえばやはり劇中で流れる音楽から耳をそらすことはできません。今回もDJ的に様々な曲を場面ごとに鳴らすような、絶妙なサウンドトラックが堪能できます。
今回はフランク・オーシャン、カニエ・ウェスト、M.I.Aなどの曲が使用され、10代の鬱憤を晴らさせるかのようなリリックがのったTrapテイストのHIPHOPや、流行りのEDMサウンドなどが爆音で響いてきます。
極め付けはエンドロールでリリックが字幕ありで流れる、フランクオーシャンの「Super Rich Kids」でしょう。フィーチャリングのアール・スウェットシャツの低音のラップと、そのリリックの内容が映画にじんわりと深みを注入していくかのようです。
その先にある青空
青空はただそこにあるだけです。しかしその青空に我々は救いを求め、たまに見上げて心が癒されホッとしたりします。
それは10代特有の空気がもたらす、今だけを楽しむ行為とは対極なものですが、いつだってそのような救いは私たちの頭上に広がっているのかもしれません。