まばゆい光と微かな音が織りなす、フルカラーの記憶『世紀の光』

ブンミおじさんの森』で2010年のカンヌ国際映画祭最高賞(パルムドール)を受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクンの作品で、2006年に発表され映画ファンの間では評価が高かったが、日本では劇場未公開だった作品である。

あらすじ

タイ映画として初めてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した「ブンミおじさんの森」で知られ、同作が日本での劇場初公開作となったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が2006年に発表した長編作品。ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された。日本では劇場未公開のままだったが、15年、ウィーラセタクン監督作の新作「光りの墓」の劇場公開にあわせ、劇場公開が実現。地方の病院が舞台の前半と、都市の近代的な病院が舞台の後半の2つのパートに分かれ、ウィーラセタクン監督作でたびたびモチーフとなる「記憶」と「未来」を、前半と後半で医師と患者の会話や恋といったエピソードを反復することで描き出していく。
引用:映画.com

キャスト・スタッフ紹介

  • 制作国:タイ・フランス・オーストリア合作
  • 公開年:2006年
  • 上映時間:105分
  • 監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
  • キャスト:ナンタラット・サワッディクン、ジャールチャイ・イアムアラーム、ソーポン・プーカノック、ジェンジラー・ポンパット、サックダー・ケァウブアディー

光と音のコントラスト

まず飛び込んでくるのは、光を感じずにはいられない映像のトーンと、役者の自然すぎる”ふるまい”である。演技の枠を超えて、ただただその営みを反映した”ふるまい”ともいうべき仕草に、なんとも言えない心地よさを感じる。

そして、サウンドトラックももはや映像と一体化した”音/音響”として、よほど意識しない限り、映像の中の自然の音ととして捉えてしまうくらいである。かすかなノイズや微細なサインウェーブが映画の中随所に散りばめられている。

音楽としてのサウンドトラックも数箇所使われているが、映画の中の音のほとんどは”音/音響”と映像の自然音が混じり合い、その中に我々も溶け込んでしまうような、不思議な感覚を味あわせてくれる。

愛についての映画

アピチャッポン監督はこの映画の今回の上映のためのインタビューで、「この映画は愛についての映画である」と述べている。

撮影中には恋をしているクルーがたくさんいたそうで、そんなクルーとともに作られた映画ということだ。この話を聞くとこの映画の中の数々のふるまいが、不自然なドラマとしてでなく、アートとでもいうべき自然な存在感を放っていたことに納得がいった。

誰かを思う気持ちや、ここではないどこかに行ってしまう心を、みんな必死に”ここ”に繫ぎとめながらこの撮影に挑んでいたのだろう。まさしく「愛についての映画」である。

まばゆい幾つかの光

さらにそこに眩しいけど心地よい光と、絶妙なコントラストの色などが混じり合い、何層にもなって我々の感情や、あまり普段表には出てこない感性を刺激する。

光はその性質ゆえに嘘をつくことができない、我々が光について語るときどれだけごまかしても、まやかしとして終わらせることは不可能である。

そんなまばゆいばかりの幾つかの光が、交差して入り混じり、やがて色のみが残りこの映画は”世紀の光”となって幕を閉じる。

記憶すること・されること

人の記憶とは記録用途として決して完璧なものではない、自分でも知らない内に更新や改変が行われる。すなわち再度表される記憶は、現実と空想が入り混じった、曖昧なものになりうるという事だ。

そんな体験済みの現実と、再合成された記憶の合間を垣間みる、そんな映像作品である。